大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成4年(行ウ)13号 判決

主文

一  本件訴えのうち、被告が平成三年一二月一二日付けで原告に対してした別紙物件目録記載の土地に関する「保留地買受申請の取扱について」と題する通知の取消しを求める部分を却下する。

二  原告のその余の訴えに係る請求を棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

理由

第一  請求

一  被告が平成三年一二月一二日付けで原告に対してした別紙物件目録記載の土地に関する「保留地買受申請の取扱について」と題する通知(以下「平成三年一二月一二日付通知」という。)を取り消す。

二  被告は原告に対し、原告から金一七一六万三六五〇円の支払いを受けるのと引換えに、別紙物件目録記載の土地につき「保留」を解除し、右土地を引き渡せ。

第二  事案の概要

一  本件は、被告施行の土地区画整理事業において、原告所有の従前地内に指定した保留地(証拠上換地処分は平成四年に行われたことが認められるから、正確には保留地予定地というべきであるが、以下便宜「保留地」という。)の処分に関する紛争である。原告は、右は実際は保留地ではなく、被告との合意により、原告の同事業の分担費用支払債務の担保とする趣旨で事業者に預託したものであるから、右費用を支払えば、被告は、これを返還すべきであると主張し、被告は、そのような合意の成立を否定している。

二  当事者に争いのない事実

1  原告は、別紙物件目録記載の土地(以下「本件保留地」という。)を減歩分とした従前地(以下「本件従前地」という。)の所有者であつた。

2  被告は、その施行に係る福生都市計画事業瑞穂町西部土地区画整理事業(以下「本件区画整理事業」という。)において、昭和五七年三月三一日本件従前地に係る仮換地を、本件従前地中本件保留地を除く部分に指定し、昭和六〇年六月六日本件保留地を定めた。

3  原告は昭和五七年七月二八日被告に対し、「減歩地積相当分の未指定地の分譲願い」と題する書面を提出し、被告は原告に対し、昭和六〇年一〇月一四日付けの「保留地処分について」と題する書面をもつて、本件保留地の処分価格が一七一六万三六五〇円である旨を通知した。原告は、これを受けて被告に対し同年一一月二七日付けの「保留地買受申請書」を提出した。

4  被告は原告に対し、本件保留地の処分価格につき、昭和六一年六月一七日付けの「保留地処分について」と題する書面で、一七六一万五三二五円である旨通知し、更に平成三年一二月一二日付けの「保留地買受申請の取扱について」と題する書面では三五八四万三〇〇〇円である旨通知し、併せて原告が買受けの手続をしないときは、第三者に売り払うことを付言した。

三  原告は、右事実関係において、昭和五七年二月頃原告と瑞穂町役場の担当職員数名(氏名不詳)との間において、<1>原告所有の本件従前地に係る換地処分は、所有地上の既存建物との関係で、現地換地とする、<2>換地は本件従前地と同面積とし、減歩をしないが、区画整理事業の施行に要した費用分担分については、その施行区域内において土地区画整理法の定める割合に応じて原告が金銭で支払うものとし、その支払債務を担保するため、減歩率分相当の土地を保留地扱いとして指定しておき、原告は、この土地を担保として土地区画整理事業上の保留地の形式で事業者に預託する、<3>被告は、区画整理事業の施行完了後、原告から右の分担金の支払いを受けるのと引換えに、右保留地についてその指定を解除し、原告に引渡すとの合意(以下「本件合意」という。)が成立し、右二の3のとおりの通知により、右の費用分担分の額が一七一六万三六五〇円であることが確定したから、被告は、原告がその金員を支払うのと引換えに、その預託を受けた担保である本件保留地を返還する義務があるとし、仮に、右担当職員に、そのような合意をする権限がなかつたとしても、原告には、その権限があつたものと信ずるについて正当の理由があると主張し、被告は、そのような合意がされたことはなく、被告の担当職員にはそのような合意をする権限はない、そもそも、本件区画整理事業の費用を個人的に分担するようなことは制度的にあり得ない、本件保留地の指定は、あくまでも土地区画整理法上の通常の指定であつて、右二の3の通知によつて原告に買い受けを誘引したところ、同項記載のとおり原告から買い受けの申込みがあつたが、資金が用意できないとのことで結局売買契約が締結されないまま推移し、結局右二の4の平成三年の通知に至つたものであると主張する。したがつて、当事者間における本件の争点は、原告の主張するような合意が成立したかどうかである。

第三  当裁判所の判断

一  原告の請求の趣旨一項の訴えの適法性について

原告の請求の趣旨一項の訴えは、その主張の通知を抗告訴訟の対象となる行政庁の処分であるとして、その取消を求めるものと解される。抗告訴訟の対象となる行政庁の処分とは、公権力の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち、その行為によつて直接国民の権利義務を形成し又はその範囲を確定することが法律上認められているものをいうものであるが、原告が取消を求める通知は、《証拠略》によれば、保留地を随意契約により処分しようとする場合において、その処分しようとする相手方に福生市都市計画事業瑞穂町土地区画整理事業保留地処分事務取扱規則二五条の買受申込書を提出させるため、相手方にその保留地の所在地、処分価格、処分予定を通知するものであり、売買契約の申込みの誘引に過ぎないものと認められる(なお、原告主張の立場に立つても、この通知は被担保債権である事業分担金の額を通知するものに過ぎないものとなる。)。したがつて、この通知は、直接原告の権利義務を形成し又はその範囲を確定するものとはいえない。そうすると、原告の請求の趣旨一項の訴えは抗告訴訟の対象となる行政庁の処分ではないものの取消を求めるものとして、不適法である。

二  本件合意成立の有無について

原告本人尋問の結果は、本件合意が成立したとする原告主張事実に副うもののようであるが、その内容は、原告の一方的な思い込みを述べるものに過ぎず、客観的な証拠によつて裏付けられるものではない。原告本人が、右尋問において、本件保留地の処分につき、原告のため被告の職員と交渉し、本件区画整理事業の施行について詳しく説明を受けていたとする原告の前夫甲野太郎も、甲第二〇号証のその作成に係る陳述書において、おおむね原告の主張に副う事実を記載しているが、これもまた、原告本人尋問の結果同様に、当時の交渉経過について、確たる裏付けのない自己の認識を述べる域を出ない。かえつて、その引用に係る添付七の原告作成に係る「減歩地相当分の未指定地の分譲願い」と題する書面によれば、原告は、当時において、本件保留地に該当する減歩地相当分の未指定地の分譲を被告の町長に願い出ていることが認められるのであつて、甲野太郎が記載するような交渉経過であれば、このような内容の書面を作成することを原告が承諾するとは考えられないのである。なによりも、被告が本件区画整理事業を遂行する上で準拠した種々の法令や準則のいずれを参照しても、原告主張の趣旨の手続を可能にするような定めは存しないのであり、多数関係人につき、公平に手続を進めなければその完遂の覚束ない土地区画整理事業にあつて、被告担当者が、一人原告に対してのみは、きわだつて他と異なる有利な取扱をすることを承認しなければならないような特段の事情は、本件において到底これを見出しえないのである。かえつて、《証拠略》によれば、被告担当者は、原告に対してその所有土地に換地処分をするに当たつては、その地上にある建物との関係で、現地換地とし、仮換地指定に伴う減歩分も従前地上に指定して、原告がこれをその価格で買い取る余地を残し、もつて換地指定に係わらず従前と変わらない地形、面積でその所有土地を維持することを可能にするよう配慮したが、原告が、被告の決定した価格による買い受けをしなかつたため、本件保留地の売買が成立しないまま推移したことが認められるのであり、本件合意が成立していたことを認める余地はないといわざるを得ないのである。原告は、そのような趣旨であるならば、本件保留地指定後の従前地の間口が本件保留地にとられて狭くなるような指定を承知するはずはなかつたと主張するが、右に認定したとおり、このような保留地の指定は、原告が、換地処分に係わらず、従前地をその面積形態のまま使用収益できるようにする趣旨で行われたものと認められるのであつて、右主張は、これを採用することができないのである。

第四  結論

以上によれば、原告の本件訴えのうち平成三年一二月一二日付通知の取消しを求める部分は不適法であるから却下すべきであり、その余の訴えに係る請求は理由がないから棄却すべきである。

(裁判長裁判官 中込秀樹 裁判官 栄 春彦 裁判官 長屋文裕)

《当事者》

原 告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 安藤寿朗

被 告 瑞穂町

右代表者町長 関谷 久

右訴訟代理人弁護士 野村宏治

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例